シェアハウスに初めて入居したのは・・・

平成7年4月14日でした。家族や知人合計7名が昼過ぎに到着して、私は夜までママと一緒に過ごしました。
爾来約10年の長きに亘りお世話になったのでした。

過去の日記を頼りに色々な生活振りなどを交えて続けていこうと考えています。

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毎日新聞ニュースメールより

偶々本日の毎日新聞ニュースメールで見ました。ご参考までに全文をご紹介
させて頂きます。

かなり長文になりますが、敢えて掲載致します。

<< 認知症を患う妻(92)と無理心中を図ったとして承諾殺人未遂罪に問われ、広島地裁で7月に執行猶予付きの有罪判決を受けた男性(78)が毎日新聞の取材に応じた。妻に症状が出始めた約2年前から一人で介護を続けて疲れ果て、妻に「死にたい」と言われたのを機に心中を決意したという男性。妻を死に追いやろうとした行為を深く悔やむ一方で、「どうすればよかったのか」と今も自問自答する日々という。【小山美砂】
 事件は今年4月12日夜、広島市中区の旧太田川で起きた。判決などによると、男性は認知症の妻との将来を悲観し、妻の承諾を得た上で心中を決意。2人で川辺に寝そべり、意識を失っているところを通行人に発見された。2人とも命に別条はなかった。男性は殺人未遂容疑で広島中央署に逮捕され、承諾殺人未遂罪で起訴された。
 男性や裁判での供述などによると、妻に認知症とみられる症状が出始めたのは約2年前。被害妄想から頻繁にトラブルを起こすようになった。「あんたうちのもん盗んだじゃろ」と昼夜を問わず近所の家に怒鳴り込み、深夜に家中のタンスや引き出しをあさっては「誰かが入ってくるから鍵を増やして」「盗まれないように荷物をひもで縛って」などと訴えるように。1年後、認知症と診断された。

 2人は、50年前に結婚。一緒に行った手相占いで「運命の人」と言われたこともあるほど仲がよく、生活は楽ではなかったが幸せに暮らしてきた。それだけに変わり果てた妻の姿を見るのがつらかった。市や病院には何度も相談し、一度施設に入れたこともあった。だが、妻は「連れて帰って」としがみついて嫌がった。頼れる身内や友人もなく、疲労とストレスがたまっていった。

 事件前日の4月11日、足の骨折で入院していた妻から「死にたい」と告げられた。これまでの疲れがどっと押し寄せた。「それじゃあ一緒にいこうか」と聞くと、「うん、一緒にいく」と妻はうなずいた。翌日の昼過ぎ、妻を車椅子に乗せて病院を出た。満開の桜の下で川沿いを歩いた後、「離れんように」と、車椅子のベルトで自分の足と妻の胴体をそれぞれ結び、焼酎を大量に飲んで満潮を待った。救助され、病院で意識を取り戻した男性は「なんで死なせてくれんかったんじゃ」と医師に訴えたという。

 6月にあった広島地裁での初公判。男性は検察官が「自分では妻を助けてやれないと思い、犯行に及んだ」と読み上げる起訴内容を聞き、肩を震わせて泣いていた。検察側は「認知症の妻の介護で苦労を重ねてきた被告にくむべき事情はあるが、計画的犯行で、許されるべきではない」と懲役3年を求刑。弁護側は情状酌量を求め、同地裁は懲役3年、執行猶予4年の判決を言い渡した。

 拘置所を出た男性は妻が入院する病院と相談し、介護は難しいと判断。妻は現在も入院生活を続ける。面会には行ったが、妻は男性のことが分からなくなっていた。男性は妻と住んでいた家を出て一人暮らしを始め、毎日心中を図った川沿いを歩き、2日に1度は病院へ通う。「わしのことが分からんでも会いに行きますよ。一緒に暮らしたいけど、しょうがないよね、もう」

 妻との暮らしを失った今、男性はなぜ心中を踏みとどまることができなかったのかと悔やんでいる。「妻も自分が周りに迷惑をかけていると分かっていたけど、どうしようもできなくてつらかったんだろう」と考える度、胸がしめつけられる。では、自分はどうすればよかったんだろう。判決後、延々と考え続けるが、答えは見つからない。

周囲に相談 孤立防いで

 家族の介護に疲れて将来を悲観し、無理心中を図ったり、殺害に至ったりするケースは各地で後を絶たない。警察庁が今年4月に発表した調査によると、2016年の殺人、殺人未遂の検挙件数は770件で、55%が親族間での犯行だった。そのうち、犯行に及んだ動機として最も多かったのは、介護や育児疲れ、金銭的困窮を原因とする「将来を悲観」で、33%を占める。県警によると、県内では昨年2件、今年も既に1件の介護殺人があり、いずれも同居する家族間で起こった。

 「認知症の人と家族の会」県支部の村上敬子代表は今回の事件について、「介護する家族と患者が孤立に陥り、追い詰められた例だ」と指摘。村上代表によると、認知症患者の介護のつらさは周囲には理解されにくく、介護者は孤立しやすい。さらに患者に被害妄想や他人に危害を加えるなどの症状が出始めると、近所付き合いも難しくなり、さらに孤立が深まるという。

 このような事態を防ぐにはどうしたらいいか。村上代表は「まず介護する家族が認知症について知り、症状が進行する前に周囲に説明して理解を求めておくことが有効だ」と提言。「いつ誰が認知症になるか分からない時代に、『施設に入れればよい』と簡単にすませられる問題ではない。認知症をみんなの問題としてとらえ、見守っていく社会を目指すべきだ」と周囲の意識改革の必要性も指摘する。同会では広島市から委託されて電話相談(082・254・3821、月・水曜の正午~午後4時)を行っており、実際に介護経験のあるスタッフが対応する。「ささいなことでも良いので、すぐに相談してほしい」と呼びかけている。>>

(以上毎日新聞ニュースメールを転載しました)

 

 

 

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20177年1月に

初盆を無事済ませて少しは落ち着きを取り戻しました。

8年前に立ち上げ爾来「認知症」を持つ多くの人から「励まし・お知恵・ご質問」などを数々頂きました。
このブログは私の大切な「記録・学習・経験」でもあります。
今後、同じ悩みをお持ちの方々に少しでもご参考になれば・・・と思い復活させて頂きました。

(この項おわり)

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2017年1月に

このブログの主人公・私の「最愛の妻」を亡くしました。

行年86歳でした。十数年に亘る病との闘いでした。

死因は徐脈頻脈症候群に因る「心不全」。

幸い最後には全く痛みも苦しみもなく、永眠したのが救いでした。

とは言え暫くは「茫然自失」の日々でした。

色々な手続きのため親戚・知人に知らせる間もなく、娘二人の援けを得てなんとか「家族葬」で済ませました。

全てが慌ただしくあっという間に「四十九日」も過ぎてしまいました。

そのあとも官公庁の諸手続き「百か日の法要」・納骨など全てが一炊の夢です。

百か日は「卒哭忌」(悲しみを終える)と言うようですが、私にとっては妻の想い出が山ほど残る家で過ごしているので無理なようです。

ようやく「初盆」の仏事だけは済ませることができました・・・

(次回につづく)

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介護のキャスケット再開しました。

色々の事情があって長らく更新していませんでした。
その間、アクセスして下さった方々には深くお詫び申し上げます。

今回は取り敢えず復活のお知らせをお届けさせて頂きます。

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私が見た新聞記事

1度目の記事

認知症の母親を自宅介護していた娘さんが急病で亡くなり、残された認知症の母親が家から出ることも出来ず(外に出られないようにドアチェーンをかけていた)飢え死にした。(冷蔵庫の中の食べ物は全て食べ盡していたそうだ。)
 
この記事を見た時、私の家内が・・・と思うと涙が込み上げてきて仕方なかった。
 
今の時代に食べる物が無くなり、空腹で死んでいくとは・・・・・
 
数年前に私が心筋梗塞で倒れたあと、主治医から「奥さんと二人っきりなのだから若し貴方が再度倒れたら残された奥さんが気の毒です、本当に奥さんのことを考えるならば、どんなに辛くても安心出来る施設に預けなさい」と強く奨められたことが回想された。 

以下は2度目の新聞記事です。 

<8月7日午後2時半ごろ、東京都多摩市諏訪の都営住宅の一室で、この部屋に住む母親(80)と娘(49)とみられる女性2人が亡くなっているのが見つかった。警視庁多摩中央署によると、ともに外傷はなく死後数日が経過。同署は、娘が亡くなった後、高齢の母親が死亡した孤立死の可能性があるとみている。

 同署によると、母子は生活保護を受給しており、母親は寝たきりで、普段は娘が介護をしていた。母親の訪問介護で部屋を訪れた介護士らが、応答がないことなどから119番通報した。

 母親とみられる女性は6畳間のベッドで、娘とみられる女性は隣の4畳半の布団の上で、それぞれ倒れて亡くなっていた。娘には持病があり、4畳半の部屋で死亡していた女性のそばには薬を服用した形跡があった。

 発見当時、郵便受けには5日分の新聞がたまっていた。今月1日に訪問診療で医師が部屋を訪れた際には異常はなかったという。>
以上である。

   介護者と被介護者の二人だけの世帯では普段から「安否確認方法」を決めておく必要があると痛感している。

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認知症予防に役立つ食べ物

 ここ数年の間の「認知症に関する医学関係者による研究」には目を見張るものがある。
掲題の発表もその中の1つである。
残念ながら、家内の場合にはその殆どが「手遅れ」の状態だが、未だ手を打てる方々の参考にでもなればと思い、掲載してみる。
 
                   
(以下ネットの情報)

疫学調査の結果アルツハイマー型認知症の発症に食習慣が深く関係していることが明らかになった。

研究チームが行った疫学調査の概要
自治医科大学大宮医療センターの植木彰教授らの研究チームが、アルツハイマー病患者51名と同年齢の健康な人の食べている食事の中身を分析するという調査を行ったところ、患者の多くが脂肪酸などの摂取バランスが崩れていることが判った。

男性患者は摂取するエネルギー量が健康な人に比べて約3割程度多く、穀類・肉類・植物油の摂取量が特に目立った。
一方、女性患者は1日に必要なエネルギー量を取っていない人が多く、海草や緑黄色野菜の摂取量が非常に低いという結果であった。
また、患者全員に共通した傾向として、青魚に多い不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)の摂取割合が低いことも判った。

この結果から、植木教授は「1日80gの青魚、最低2回の緑黄色野菜を摂ることが認知症予防には大切」と指摘している。
 

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ご無沙汰いたしました。

長い間、更新できず申し訳ないと思っています。
その間、私のメールボックスに数名の方から安否を気遣うお問い合わせを頂戴しました。心から感謝しております。

家内の病状は良くなることは無いのですが、相変わらず数々のアクシデントに遭遇「食べること」「歩行出来ない」問題に加えて最近は「歯」の抜け落ちなどが加わっています。
「歯科医」のH先生に往診してもらっていますが抜け落ちた歯の治療が出来ないそうで、痛みが出ないように極力柔らかい食べ物を補食させている状態です。

二女の主人が今年の一月に病に倒れ、長女も職場で責任者に昇進に昇進するなどで、母親を見舞う回数が激減しました。

私も80歳を過ぎ、一人暮らしの「家事」に追われ、時間的な苦渋を余儀なくされています。

幸い、家内の居るグループホームのスタッフの皆さんが本当に親身になって家内の世話をしてくれています。見ていて頭の下がる思いです。
       
 


今日もスタッフのTK君と休憩時間中に色々とお話しが出来て、私自身が癒されました。


80歳を過ぎた私も「ガンバルゾ!」と改めて勇気が出てきた次第です。

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アルツハイマー病とは

このブログで「認知症関連」のご質問を数多く頂いています。(非公開を希望されて別サイトのメールで寄せられています)

4月には「治るタイプ」についてご紹介しましたが、その中には入らない<厄介なタイプ>それが「アルツハイマー」なのです。

アルツハイマー型はβアミロイド蛋白と言われる蛋白質が脳の神経細胞に蓄積し、神経細胞が破壊され脳が委縮することにより脳機能が低下するのである。

通常βタンパクは脳の中にある酵素などが掃除してくれるのだが、ある要因でこの酵素が減ってしまうと、脳の中にどんどん溜まってしまうのである。

アルツハイマ―病の原因には多くの仮説があり、未だに確定していない、然 し現在βタンパクを主な原因とする説が世界中の学会で主流であり、治療薬の開発もこの説に基づいて行われている。

脳は場所によって役割が分かれている。
例えば
「記憶を担当する」場所、「見たものが何であるかなどを分析する」場所、それらの情報を総合して「何をするか決定する」場所などである。

「アルツハイマ―病」にかかると、蓄積したβタンパクによって脳がダメージを受ける。だだし、脳にはβタンパクによる影響を受けやすい場所と受け難い場所があると考えられている。

先ず影響を受けるのは、記憶を司る海馬(かいば)の周辺である。
そのため、アルツハイマー病の最初の症状として、まず記憶障害が起きることが多いのである。
その後、影響は脳の後ろ側に広がっていく。ここは、「見たものが何であるか」を分析するなどの働きがあるため、その働きが衰えてくる。
その一方で「行動の決定」や「会話」などを主に担当する脳の前の部分は、病気がある程度進行するまでβタンパクの影響を受け難い傾向がある。

そのため「会話では異常を感じない」にもかかわらず、「普段なら見違えるはずの無いものを見違えてしまう」などということが起きるのである。

アルツハイマー病の症状には個人差がある。必ず上のように進行するわけではない。

(以上NHKテレビ放送より抜粋)

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家内の近況

 2月9日に嘔吐してから以後「口数」「笑顔」が減少してきた、その上、食べ物を中々食べてくれない日が多くなり、随分心配した。
 3月に入ってからも、一喜一憂の日々が続いていた。

4月10日になって気温も上昇し桜も満開状態になってきたので、久し振りに車椅子に乗せて外出した。

最初は久し振りの外出だったので、不安なのか余り変化をみせなかった。

 爾来、訪れる度に車椅子での外出を繰り返している。
行く先は近くの公園2か所を回り、1時間~1時間半程度の外出である。

その結果、今では外出するごとに口数も増え、笑顔も頻繁に見せるようになってきた。
 
 
 
更に嬉しいことに、食べ物をスムーズに受け入れてくれるようになってきたのである。


 今の状態がいつまで続くかは分からないが、出来るだけ長く持続してくれることを祈っている今日この頃である。

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